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Doll Master 第2話
飯場正臣

 仕事帰りに突然、見知らぬ男に後ろから抱きつかれた。
 その男は、明日はスカートを履いてこいと言って、いつの間にか去った。
 そんな、恐ろしい体験をしながらも、美沙はしっかりとした足取りで家に帰った。

 普段からスカートは履かない。
 小学生の頃はよく履いていたが、進級する度にパンツルックが多くなり、短大を出る頃には流行りのスカートがわからなくなっていた。
 当然、そんなに持ってもいなかった。
 今日は胸を触られ、耳や頬にキスされただけだったが、スカートを履いていったら、下半身は無防備になる。
 あの男の愛撫は自分をもっと濡れさせるだろう。
 そこまで考えて美沙ははっとした。
 スカートをめくられた時のことを思い、履いていく下着のことまで考えていたのだ。

───男にいたずらされることを前提に考えていた・・・。

 ブログを読んでいると言っていたが、痴漢まがいの卑劣な手口に乗る必要はない。
 明日は違う道を通って帰ろう。
 ただそれだけでいいんだから。
 美沙はそう思い直した。


 *****


 夕食をとり、シャワーも浴びて、一日の疲れを癒している時、美沙はブログをやめてしまおうかと考えていた。
 マゾ奴隷になりたいというテーマで書いていたのが、今日の事件を引き起こしたのだ。

 ブログに貼り付けてある「命令BBS」と称した掲示板がお気に入りだった。
 手を使わずにオナニーしろ。
 愛液を千円札で拭いて乾かないうちに買い物で使え。
 ビール瓶を入れろ。
 いつものようにバーチャルな「ご主人様」達の淫らな命令が列挙されていた。

 架空のSMにはかなり興味があったが、今日のようなことは望んではいない。
 本当のマゾ奴隷になどなりたくはなかった。
 おそらくは痛いこと全般に拒否反応がある。
 自慰の材料を提供してもらい、またそれを実行して読者の自慰の材料を提供しているだけのつもりだったのだ。
 もちろん、実行しないこともかなり多かった。

 仕事の帰り道の出来事が恐ろしくて、いつもなら、BBSを見るだけで妙な気持ちになっていたのが、今日は自分の胸を触るのもためらわれた。
 やはり、自分はマゾではないのではないか。
 そう思い始めていた。
 明日はジーンズを履いて、帰り道は違う道を通る。
 毅然としてあの変態に立ち向かうのだ。
 私はあの男に抱きつかれることなど望んではいないのだから。
 美沙は決心した。

 寝ようと思い、ブラウザを閉じようとして、最後に何気なくBBSの更新ボタンをクリックした。
 それがいつもの習慣だったからだ。
 新しい「命令」が追加されていた。

「いつもズボンを履いているということでしたね。明日はスカートを履いて仕事に行きなさい」

 美沙は真っ青になった。
 何気ない命令だ。
 他の人が見ても、下着はつけてはいけないなどの命令を書き損なったくらいにしか思わないだろう。
 だが、これは明らかにあの男の書き込みだった。
 ハンドルネームは「抱きつき魔」。
 常に美沙の考えを先読みするあの男に恐怖し、膝が震えた。


 *****


 翌朝、美沙は出勤時間ぎりぎりに起きた。
 布団に入っても寝付けず、例のことは考えないように考えないようにと音楽を聴いたり、台所に行って飲み物を飲んだりしているうちに、眠るのが明け方になってしまったのだ。
 一気に目が覚めて布団から飛び起き、いざ着替えをしようとして、動きが止まった。

───どうしよう・・・。

 もしズボンを履いて、帰り道に違う道を通ったとして、あの男に見つかったとしたら。
 逆上して殴られたりするだろうか?

 出勤時間が近づいていることもあり、美沙は少し迷った末にいつも通りにズボンで行くことに決めた。
 秘策を思いついたのだ。


 *****


 かなり忙しく、嫌なことも思い出さずに集中して仕事を終えた美沙は帰宅時間を迎えた。

 あまり帰路は怖くなかった。
 思いついた秘策は、携帯を持って歩くことだった。
 110に合わせ、通話ボタンに指をかけて歩くのだ。
 これなら何かあってもすぐに警察に通報できる。
 それに、なによりあの男はこちらの考えを見抜くほどなので、携帯電話を持って歩いていれば、この意味がわかるだろうという読みもあった。
 もちろん、道も変えるつもりだ。
 万全である。
 ちょっと清々しい気持ちで美沙は歩き始めた。
 歩きながら携帯を開き、「1・1・0」と押す。
 これで計画はばっちり。

 どん・・・。

 携帯を見ながら歩いていて、人にぶつかってしまった。
 ぶつかった男性(少なくともそう見えた)も美沙も「すみません」とちょっと会釈をして、またそれぞれの方向に歩き始めた。

 カサカサと紙がこすれるような音がしたので、美沙はすぐに服の袖に何かが付いているのに気が付いた。
 メモのようなものがセロテープでくっついている。
 はがしてみて、愕然となった。

「中央公園に来い。最悪の事態を避けたければ」

 さっきぶつかった男だ。
 すぐに気が付いた。
 後ろを振り向いたが、帰宅する人波があるだけで、すでに男の姿はなかった。
 最悪の事態というのが何かはわからなかったが、美沙は男にひどい恐怖を覚えた。
 何をされるかわからない。
 中央公園は近所ではなく、歩いて30分以上はかかるところにある広い公園だった。
 あれだけ広ければそう大それたことはできないだろうと信じて、美沙は重い足をそちらに向けた。


第3話に続く

2010/06/14 初版
2010/08/12 第二版
2010/08/18 『ノクターンノベルズ』に転載

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