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Doll Master2 〜2人目〜 第2話
飯場正臣

 その日、男は誰が所有者なのかも判然としない空き地に軽自動車を停めていた。
 6年落ちでボロボロの中古車だ。
 シートを倒して寝転がり、ただぼけっとしていた。
 車内にはタバコの煙と匂いが充満している。
 ロクに風のない夜で、ウィンドウを下げていても一向に換気はできなかった。

 田舎道で夜中となれば、誰も通りかからない。
 男は催眠術の研究を、住んでいるアパートで行っていたが、行き詰まるとここに来て、のんびりとリラックスするようにしていた。

 静かなのは、自室でも変わらなかったが、行きつけのネカフェや車の中はなんとなく落ち着いた。
 狭い空間というのは、人を落ち着かせる効果があるのかもしれない。

 そこに黒いRV車が走ってきた。
 特にスピードを出していない、慣れた運転だった。
 男が停めている空き地を回り込んで、山道に入っていく。
 普段なら誰も通らないような道で、ましてや夜中となればロクな者ではないだろう。

 男は暗い車内でヘッドフォンを耳に入れ、MP3に入れてきたリラックス出来る音楽を聴き始めた。
 しかし、リラックスも集中も出来なかった。

 山道へと入っていった車が気になっているのだ。
 いつもなら別に気にも留めないのだが、男は妙な胸騒ぎがした。

“何だ?”

 分からなかったが、RV車がやけに気になったのは確かだ。
 そろそろ夜も明けるという時間まで、そわそわしながら音楽を聴いていたが、どうにも落ち着かない。
 いっその事、見に行ってみようと思い立った。
 すでにいないかもしれないが、このあたりに住んでいるなら、山を越えて反対側に抜ける事はなかなかしないだろう。

 車では目立つ。
 男はタバコとライターだけ持って、徒歩で山道に入っていった。

 山道とは言え、きちんと舗装されており、ガードレールも付いているまともな道路だ。
 大した苦労はないだろうと思いながら歩いていると、ほどなくエスケープゾーンに停まっている黒いRV車を見つけた。

 異様に目立っていた。
 盛大に揺れている車体。

 中で何をしているかは簡単に分かった。

 ガードレールに身を隠すように身体を屈めて車に近づく。
 サスペンションがギィギィと鳴って、グラグラと揺れている車内をそっと覗き込んだ。

 女の眼は完全に墜ちていた。
 焦点が合わず、呼吸も苦しげだ。
 おそらく跨らせている男は気付いていない。
 催眠による初期の刷り込みが強すぎて、女が壊れかけている事に。

 騎乗位に興じている女にもはや快感はないだろう。
 催眠術で誘導された行動をただ繰り返しているだけなのだ。

 素養は充分にあるが、未熟すぎる催眠術師だと思った。

 だが、そんな事はどうでもよかった。
 目を奪われたのは、中にいる男が熱心に読んでいる本だった。

 思わず、声をあげそうになるほど驚いた。

 喉から手が出るほど欲しかったものだ。
 自分が会得した技術と、あの本があれば瞬時に催眠をかける事が出来る。
 ずっと探していた本だったのだ。
 古いもので、再版はされていない。
 有名な古本屋街を巡っても目にする事はなく、ネットの古書店でさえ、扱っているところはなかった。

 唯一、催眠術師が必要とするのは、相手がリラックスできる空間であり、危険がない人物だと思わせる時間だった。
 それらを必要とせず、暗示的に少しずつ接触しては繰り返しかけていき、最終的に完成系に至る事も可能だが、はっきり言ってしまえば面倒だった。

 通常の手順ではあるが・・・。

 男は女を利用する事にした。
 一応はこちらを見ている。
 車外からひょっこりと首だけ出して覗き込んでいるのを見つけたのか、ただ単に顔がこちらを向いているだけだったのかは分からないが、視線だけは合わせていた。

 これなら擬態反射だけは出来ると踏んだのだ。

 赤ん坊に笑顔を見せるとにっこり微笑み返してくるのと同じ、人間の本能を利用する。
 男は催眠をかけるための振り子動作を車外で行った。
 肘から下の力を抜いてぶらぶらさせるのだ。

 ぼんやりとした目で、それを見た女がマネして腕を動かし始める。
 その間も腰はグラインドさせていた。
 卑猥な言葉を連呼して、喘ぎ声も上げている。
 相当、刷り込みが強かったのか、性欲が強いのかは分からなかったが、今や即席の催眠術師として、車内で本を読んでいる男に催眠誘導を行っていた。

 『催眠術のかけ方』を読みふけっている男が奇妙な動きをする女だと気付いた時、視界は闇に包まれ、女の細く白い腕が振り子にしか見えなかっただろう。
 ほどなく、トランス状態に陥って、本を床に落とした。


第3話に続く

2012/07/31 初版

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