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Doll Master2 〜2人目〜 第4話
飯場正臣

 ネットカフェの新聞をラックに戻す。
 築30年を越えるボロアパートに住んでいたが、行きつけの場所。
 散らかりようもないほど、物がない自宅もいいが、ネットカフェの狭い個別ブースは軽自動車の車内と一緒で落ち着いた。
 催眠術の研究者とは思えないほど、家の中は片付いている。
 ここまで物がないのはデジタル化のおかげだった。
 書籍・文献の類は借りたり、買ったりする事が多いものの、スキャニングしてパソコンに取り込んでから読む。
 海外の文献や論文は、そもそもサイトにアップされていたりするので、これもペーパーレス化に一役買っていた。
 研究過程で大量に記録するメモの類も、PCに打ち込んでいた。

 男はネットカフェに入って落ちついた後、集中して、一気に読んだ。
 読み始めると止まらない、奇妙な本だった。
 かなりの興奮状態にあるのか、欲していた知識が流れ込んでくるのがよほど心地よかったのか、気付くとすでに8時間以上が経っていた。

 飲み物さえ飲まなかった。
 疲労感というよりも、本当に疲れ、同じ姿勢でいた為に肩も凝っている。
 それでも不思議と休みたいとは思わなかった。

 会計カウンターに行き、時間延長をする。
 9時間パックだったためだ。
 自分でもこんな事になるとは思っていなかった。
 改めて3時間パックを申し込む。

 ドリンクを取り、伸びをしながら、再び座り慣れたブースに戻った。

 男は皮肉なものだと思った。
 どんなに偉そうな事を言ったところで、自分は間接的に人を殺した。
 そして、催眠術で金を稼ごうと思えば、それは大抵が詐欺行為をする事になる。
 催眠は人に会って、初めて成り立つものだ。
 誰かを騙したり、その気にさせたりして、金を引き出すしかない。
 そう、例えば、株取引などでは何の役にも立たないのだ。

 男がそう思ったのは、実際に株取引をしていたからだった。
 パソコン1台あれば出来る。
 手軽だが、催眠術は使えない。
 企業や、その評価、他のトレーダー達の心を片っ端から操作する事はできない。

 向いていないのか、才能がないのか、定職に就いた事がない男がバイトで稼いだ金は無惨に消えていった。

 定職に就かないのは、ザラ場と呼ばれる、証券取引所が開いている時間は限られており、午後3時過ぎから始められるバイトをしているという理由もあった。

 時間外取引をしたところで、大した資金もなく、ギャンブルに近い状況になって損失ばかりが増えていった。

「誰か金周りのよさそうな奴を探すか・・・」

 また一服しながら、そんな事を考えていた。
 金さえあれば研究に没頭できる。
 もっと研ぎ澄まされた催眠術を使えるようになりたかった。

 だが、ここで一歩、前進できたのは確かだ。
 時間のかかる催眠導入を瞬時に出来る方法が手に入った。
 道ばたで会った者に、突然、「目の前にいる男に金を渡したくなる」とでも催眠をかければ、 うまく小銭は稼げるような気がしていた。

 どうせ稼げる。
 男は気が大きくなった。

 まだ昼前という事もあり、ふと株取引の画面を呼び出してログインした。
 いたずらに、聞いたこともない企業の株を買えるだけ買った。
 何も考えないのが効を奏したのか、偶然が作用したのか。
 それとも、男が知らないだけで、上場している企業には違いないので、突然、業績が上がるような企業リリースを発表したのかは分からない。

 兎にも角にも、男が買った企業は株価が上がり始めた。
 遊びで、残っている口座資金をなくしてしまおうぐらいに考えていた男は驚きのあまり言葉を失った。

 このままではストップ高になって、取引不可能になる。
 売却が約定すると、案の定、株価はストップ高に達した。
 数千円だった資金が1万円を越えていた。

 株取引は、そんなに儲かるものではない。
 例えば、1株100円の株価が2円上がり、100株保有していれば、粗利は200円。

 不景気な時代、とにかく上がるのを待つというのが性に合わなければ、信用取引も可能だ。
 この場合には、買ってもいないものをいきなり「売る」。
 いわゆる空売りというのは、これを指す。
 その後、規定日数以内に買い戻せば取引は成立するわけだが、売りから入る為、株価は下がれば下がるほど儲かる。

 それでも、利益率は先と同じで、元手がなければ収入は雀の涙ほどもない。

 面白くなった男は、今度も適当に、目に付いた企業の株を買った。
 数分後、突然、株価が上がり始め、男が慌てて売り注文を決済した後でストップ高。
 少し気味が悪かったが、今度は大手企業の株を空売りしてみた。
 直後に経営陣のスキャンダルが発覚し、株価は下がり始めた。
 男はピーク前に買い戻した。

“偶然なのか?”

 そうは思えなかった。
 本の力なのか、術者としてのランクが上がると全てがうまくいき始めるのか?
 それとも、殺したはずの男から、先に催眠術をかけられていて、夢でも見ているのか。
 まったく判断できなかった。

 口座資金を無くしても良いと、エントリーする度に全額を投入していた男の資金はすでに10万を超えていた。
 投資ではなく、もはやギャンブルだった。

 どうする?
 このままエントリーし続けるか?
 自問自答を繰り返す男。
 とりあえず、コーヒーを汲んでこよう。

 男がドリンクコーナーに行くと、背の低い女がオレンジジュースを入れていた。

 そんなに若くはない。
 が、ヒップはむっちりとしていて、胸もある。
 いわゆるそそる女だった。

 エナメルピンクのバッグを持っている。
 その光沢でさえ、エロティックな光に見えた。

 髪は長く、黒いパーカーを着ていて、少しの風で捲れそうな薄い生地のフレアスカートは膝丈だ。

 すらりと伸びる素足、首筋などを見ると決して色白ではなく、どちらかと言えば褐色に近い。
 日サロで焼きまくっている黒ギャルと違い、肌のキメが細かかった。

 何より目を引いたのは、髪の美しさだった。
 ツヤがありサラサラしている。思わず触りたくなるような絹のような髪質だった。

 どこにでもいるような女性の一人客だったが、男は異様に引きつけられた。

 男がぼんやりと見とれながら、ドリンクコーナーで女が入れ終わるのを待っていると、気付いた女が振り向いて、軽く会釈した。

 男も少し頭を下げる。
 女は疲れたような眼をしていた。

 生活疲れか、それとも子育てで疲れているのか。
 それでいて何とも色気のある、男好きする顔だった。
 周囲に気を使いすぎて、言いたいことを飲み込むようなタイプに見える。

 急に股間が疼いた。

 催眠研究に没頭し、その手の本やDVDを買うほどの余裕もない男は、ロクに自慰もしていなかった。
 例の男も似たような状況だったのだろうか?

 女にうつつを抜かすのも悪くないかもしれん。
 男は思った。
 女が去った方を目で追うと、離れたブースに入っていった。

 ふむ・・・。

 男は瞬間催眠を試したくなった。
 計画を頭の中で組み立てる。

 まず、女が入ったブースの前を通りかかる。
 中の者にしか聞こえない程度のノックをして、女と目を合わせる。
 視界を闇に閉ざす導入催眠をかけ、瞳孔が開き始めたら、本当の催眠開始。
 ネカフェはブース内を映す防犯カメラはないものの、通路は全エリアを撮影しているので、あまり長くは催眠をかけられない。
 トイレに行きたくなる、とだけ誘引する。
 自分はトイレで待ちかまえている。

 これで好きに出来る。

 この店のトイレは排泄音に配慮しているのか、ドアが2重になっていた。
 トイレ表示のあるドアを開けると、短い通路があり、手前が女性用、奥が男性用トイレのドアが改めて付いている。

 男性用トイレは小用便器が1つ、個室が1つある。
 ネカフェに来る客は貴重品を鞄やリュックに入れたままトイレに向かうことも多いためか、個室はブース並みに広かった。

 ここに連れ込もう、と男は考えた。

 女はトイレに来た時点で催眠が解けるだろうが、現状認識に時間がかかってしばらくは呆然とするだろう。
 その間に次の催眠をかければいい。

 男はコーヒーを淹れ、一度、自分のブースに戻った。

 貴重な2冊の本が皮鞄に入っている事を確認し、PCの電源を落とした。
 店のパソコンや、電力消費に気を遣う必要はないのだが、几帳面なところがあった。

 いつでも出られる状態で、ゆっくりとコーヒーをすすり込みながら、再び、タバコを燻らせる。

 女の姿を思い出していた。
 おそらくは既婚者だ。
 よくは見えなかったが、結婚指輪をしていた気がする。
 程良く熟れた身体をむさぼれると思うと気分が落ち着かなくなった。
 若い女も良いんだろうが、テンションばかり高くて、アホみたいな会話にはついていけない。
 やたらと喚く喘ぎ声もAVでも見ているようで、取り立てて興奮材料にはならない。

 ルノワールの絵のようなものだ。
 “腐りゆく果実”と揶揄された、その女性の描き方は、酷評に耐えて認められるまでにしばらくかかったという。

 通常、黒で描く輪郭は全て濃い青で、肉付きの良すぎる裸婦は男の感性を刺激したものだ。
 女体そのものがすでに芸術なのだ。
 下腹がぽっこりしてきたくらいがちょうどいい。
 女の魅力は肉感だと思っていた。

 近年の熟女ブームに乗ろう。
 男はくだらない事を考えながら、さっそく行動を開始した。


第5話に続く

2012/09/18 初版

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