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百物語 四十一の語り
鈴鳴零言

 さて、これは今もどこかに残っているかもしれない、山のお話。

 ◆ ◇ ◆

 ある母親が小さい子供を連れて、急ぎの用事で山を越えようとしていた。
 この山を越える道は二つ。
 山を迂回する道と、山を直線的に突っ切ることができる山道があった。

 母親は考えた末、山道を行くことにした。
 今の時間からだと、迂回する道では夜中を回ってしまうが、山道なら夜には山を越えられる───そんな時間だった。
 子供を大きな籠に入れて背負うと、母親は山道を歩き出した。

 この山道は、迂回する道よりは険しい───とはいうものの、山付近に住む者であれば、細道なだけに道が悪い、程度の感覚である。
 山にある、社へと続いている参拝路としての道が、この山道の主な役割だった。

 母親は分かれ道までやってきた。
 一方は社へと続く道。もう一方が反対側のふもとへと続く道だ。
 社の方向に向かって一礼すると、振り返り、背負った籠の子供を見やってから再び歩き出した。

 やがて暗くなり、持参した提灯に明かりを灯す。
 子供は先程から疲れて寝ている。
 山道の終わりはもう少しだった。

 木々の影の間に山道の終わりが見える。
 ふと、後ろで風が吹いたような感覚に振り返った。

 ───何も無い・・・。

 気のせいかと、残りの山道を歩く───このとき母親は疲れから気づかなかった。
 後ろを振り向いて、何も無いということはありえなかった。
 そこに子供の頭が見えなければいけなかったことに・・・。

 ───この細道には一つ守るべきことがあった。
 夜になってからは、山道を抜けるまでは何があっても振り向いてはならない、と───。

 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 これも、いわゆる「帰り道を振り返ってはいけない」話の一つです。

 このお話では、どうやら「とおりゃんせ〜」で有名な天神様が背景にあるらしいですが、今一つディティールがはっきりしたものを見たことがありません。
 ただ、話の補足に「天神様」「とおりゃんせ」に関わる、とされている感じです。

 何か重要な部分が削られている、または口伝が失われて、「そうすること」「そうしなければならないこと」だけが伝わっている───そんなところでしょうか。

 では、これにて四十一の語り「とおりゃんせ」了。


四十二の語りに続く

2010/09/17 初版




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百物語 四十二の語り
鈴鳴零言

 さて、今回は歌にまつわるもので有名なお話の一つです。

 ◆ ◇ ◆

 童謡に「サッちゃん」という歌がある。
 歌の中身は大雑把に、

 一番は「自分のことをサッちゃんと呼ぶ」───、
 二番は「半分しかバナナを食べられない」───、
 三番は「遠くへ行ってしまう」───、

 という構成だ。
 この歌、実はサッちゃんは死んでしまうという話が付いて回っている。

 一つは病死───。
 体が弱く、病気などで衰弱していたサッちゃんが、バナナを半分残したまま死んでしまった、というもの。

 一つは事故死───。
 バナナを買い、バナナを食べながら帰っている途中、半分まで食べたときに交通事故でバラバラになって死んでしまった、というもの。

 そして、それぞれの話とも、この話を聞くとサッちゃんが夜、枕元に現れるというものがある。
 特に、事故死とセットになっている場合は、寝るとき、枕元にバナナ(半分のバナナ・バナナの絵)を置いておかないと、あなたもバラバラになって死んでしまう、という。

 また、サッちゃんの歌は四番以降が存在する、という話もある。
 その歌にも、いくつかの話があり、

 死んだときの様子が歌われている───、
 歌うとサッちゃんに殺されてしまう───、

 などの話となっている。

 ───あなたは、どの「サッちゃん」を聞いたことがあるだろうか・・・?

 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 前回の語りでは、歌に関係がある・・・らしい、とされるものでした。
 今回は、歌の裏話とされるタイプのものです。
 歌にまつわる話は、こちらのタイプのほうが、「実はね・・・」と誰かに話したくなる気持ちを揺り動かすためか、良く語られるようです。
 人の印象に残りやすく、また、語りやすいシンプルさがあるので、怪談としても秀逸なのではないでしょうか。

 ───そうそう、寝る前にバナナを忘れぬように・・・。

 では、これにて四十二の語り「サッちゃん」了。


四十三の語りに続く

2010/09/18 初版




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百物語 四十三の語り
鈴鳴零言

 さて、この歌もまた有名であり、複数のお話があります。

 ◆ ◇ ◆

 「かごめかごめ」という歌がある───。

 まず、鬼役が目隠しして中央に座る。
 そして他の子が歌を歌いながら、鬼の周りを輪になって回る。
 歌が終わった時に、鬼が自分の真後ろに誰がいるのかを当てる。

 ───この遊びの中で歌われているのが「かごめかごめ」だ。

 不思議な歌詞のため、その意味にいくつもの解釈がある歌である。
 怪談においては、主に二つ。

 一つは───。
 幼くして亡くなった子供や、生まれてこれなかった子供───いわゆる水子にまつわるという話。
 「かごめ」とは、籠女───妊婦である。
 「籠の中の鳥」は、籠女に従い───生まれてくる子供。
 「いついつ出やる」───いつ生まれてくる?
 「夜明けの晩」は、太陽を人の一生に見立て───誕生と同時に死亡。
 「鶴と亀が滑った」は、縁起物が二つ滑る───凶兆。
 「後ろの正面」「だあれ?」は、矛盾する表現を問うので───存在していないのに居るモノ。つまり霊。
 ───と、いった解釈の話。

 もう一つは───。
 鬼役は依代・依童であり、召喚・降霊術などにまつわるという話。
 まず、歌の儀式により、鬼役に降霊(神降ろし)を行なう。
 確実に後ろにいる人を当てることができる───つまり、見えないものが見える。人以上の力。神などの降霊に成功。
 ここまでが手順であり、この後、その年の吉兆・予言を訊ねる。
 ───と、いった解釈の話。

 かごめかごめ───。
 その歌詞をもう一度よく見直してみると、そこに何かがあるかもしれない・・・。
 
 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 この手の遊び歌や数え歌は、地方で歌詞が異なっているので、それだけに派生系が存在します。
 文献を遡ると、一般に知られている歌詞の一部が使われていないそうなので、時代ごとの変化も大きいでしょう。

 遊びの中に見え隠れする怪異の伝承。
 今となっては見られなくなった遊びの中に、意外なほど埋まっているものなのかもしれません。

 では、これにて四十三の語り「かごめかごめ」了。


四十四の語りに続く

2010/09/19 初版




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百物語 四十四の語り
鈴鳴零言

 さて、今回は雨にまつわるものを少々。

 ◆ ◇ ◆

 てるてる坊主───。
 翌日の天気が晴れになるように願う、おまじないの一つだ。

 この、てるてる坊主というおまじない───その方法を見るかぎり、元々は人柱であったことが推測できる。
 雨乞いで人柱を龍神に捧げる───などの儀式と同じく、それの晴れ版ということだろう。
 時代と共に、人柱は形代として用意されたものに切り替わったと考えられる。
 このことは「てるてる坊主」という歌からも読み取ることができる。

 一番では「晴れたら金の鈴をあげる」───金品を奉納。
 二番では「願いを聞いてくれたら、あまい酒を飲ませる」───御神酒。
 三番では「曇って泣いてたら(雨が降ってたら)、お前の首を切る」───人柱。

 ───端的に要点が伝えられていると言えよう。

 てるてる坊主───それは略式と言えど、一つの儀式である。
 晴れた際に行なう、締めの儀式を忘れてはいけない・・・。

 ◇ ◇ ◇

 「雨ふり」という歌がある───。
 「あめあめ ふれふれ───」「ぴっちぴっち ちゃっぷちゃっぷ らんらんらん」の歌詞のほうが通りが良いだろう。

 この歌、全体で5番構成となっている。

 1番が「母さんが蛇の目でお迎え」
 2番が「母さんの鞄をかける」
 3番が「ずぶぬれの子が柳の根元で泣いている」
 4番が「僕の傘を貸す」
 5番が「僕は母さんの傘に入る」

 ───大雑把にこんな構成である。

 この3番を「雨が降っている夜に歌う」───すると、窓に女の子がぴったり張り付くように現れるという・・・。

 カーテンを閉めた部屋で、雨が降っている夜に「雨ふり」の3番を歌う。
 そしてカーテンを開ける───。
 あなたも噂の真偽を確かめてはいかがだろうか・・・。

 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 てるてる坊主は地方により名称が結構違います。
 坊主の意味も「お坊さん」と「子供」に分かれていたりするようです。
 「逆さに吊るすと、雨になる」というのは割と聞きますが、「顔を描くと雨になる」というのがあったりと、こういったものは色々と地方色が出ていて面白いです。
 ちなみに締めの儀式に関しては「晴れたら目を入れる」「御神酒をあげて川に流す」などがあるとのこと。

 「雨ふり」の歌は今回の語りの他に、「実は母さんは人ではなく、蛇の比喩」という話もあります。
 この話では「帰り道を見送る白い蛇」であることが多いようです。
 白い蛇は神様や幸運の象徴であることが多いので、悪いモノではなく、見守る存在となっているようです。

 では、これにて四十四の語り「雨にまつわる歌」了。


四十五の語りに続く

2010/09/21 初版




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百物語 四十五の語り
鈴鳴零言

 さて、今回は箸やすめに怖い話とは少し違う、歌にまつわるものを。

 ◆ ◇ ◆

 「蛍の光」という歌がある。
 日本人なら、まず知っているであろう唱歌だ。
 この歌にも、実はこんな意味がある、という噂が存在している。

 主に───、

「実は戦争にまつわる歌である」
「実は10番くらいまで歌詞が存在している」
「蛍の光とは、特攻機が散るときの比喩である」
「蛍の光とは、死体の燐が燃えている様子の比喩である」
「蛍の光とは、魂となって故郷に戻ってきた様子の比喩である」

 ───といった話が聞かれる。

 その中で唯一、戦争にまつわる噂に関しては、当たらずとも遠からずである。
 この歌の3番と4番が軍国主義的───お國の為、という色が強い。
 歌われなくなったのは、お察し、といったところか。

 ◇ ◇ ◇

 「赤とんぼ」という歌がある。
 「夕やけ小やけの───」で始まる童謡だ。
 この歌にも、実はこんな意味がある、という噂が存在している。

 主に───、

「実は特攻機にまつわる歌である」
「実は10番くらいまで歌詞が存在している」

 ───といった話が聞かれる。

 特攻機にまつわる噂というのは、赤とんぼの通称を持つ練習機が、戦争末期に特攻機として使用された話からきていると思われる。
 5番以降の歌詞についての噂は、いくつかあるが───、

 「出撃、赤とんぼ(特攻機)の視点 〜 たまたま故郷の上空を飛ぶ 〜 特攻 〜 赤とんぼに生まれ変わって故郷に戻ってくる」

 ───といった構成になっているというものが、最も「らしい」ものと思われる。

 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 怪異ではなく、人為的な話の分類になるでしょうか。
 怖い話のイメージではありませんが、これも立派な都市伝説のカテゴリーの一つと言えるでしょう。

 「蛍の光」はちょっと調べると───、

 「歌詞が4番まであること」
 「スコットランド民謡を原曲としていること」
 「作詞されたときのタイトルは「螢」で、後に「螢の光」になったこと」

 ───といった感じに、意外に皆が知らなさそうなことがでてきます。

 「赤とんぼ」は、いかにもありそうな話です。
 1番から4番までの歌詞も、そういった目で見ると違った意味に見えてくるので、不思議なものです。

 童謡などは歌詞が短いため、俳句などと同じく、歌詞の中に人それぞれの意味を見出しやすく、それだけに都市伝説が生まれやすいのかもしれません。

 では、これにて四十五の語り「実は戦争にまつわるらしい」了。


四十六の語りに続く

2010/09/22 初版




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百物語 四十六の語り
鈴鳴零言

 さて、この歌も定番の一つです。

 ◆ ◇ ◆

 童謡に「シャボン玉」という歌がある。
 「シャボン玉 飛んだ 屋根まで飛んだ───」の歌詞で知られているものだ。

 この歌にも裏話的な噂がある。
 その中で───、

「シャボン玉は子供を比喩したもの」

 ───という話がある。
 歌詞を見ると、確かに1番も2番も「生まれてすぐに亡くなった」と解釈でき、最後に「風 風 吹くな」と、いろんな障害が無いように願いを込めていると取れる。

 この話は、この歌を作詞した人が、娘を生まれてすぐに亡くしている為、それだけに信憑性の高い噂として根づいたものだろう。
 最後に、どこか物悲しい歌詞を見直していただきたい。

 シャボン玉飛んだ
 屋根まで飛んだ
 屋根まで飛んで
 こはれて消えた

 シャボン玉消えた
 飛ばずに消えた
 産まれてすぐに
 こはれて消えた

 風 風 吹くな
 シャボン玉飛ばそ

 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 まず、最初に。
 1995年に著作権は失効しているそうです。(歌詞を載せても大丈夫)

 野口雨情(作詞)で、1922年(大正11年)に発表された、とのことなので、かなり古い歌です。
 この語りの噂を基本として───、

「3番以降の歌詞が存在する」
「特定の条件下で歌うと子供の霊が現れる」

 ───といった噂もありますが、これらは他の話からの派生系と思われます。
 童謡にまつわるものでは、同じような話が存在するのも一つの特徴でしょう。

 では、これにて四十六の語り「シャボン玉」了。


四十七の語りに続く

2010/09/24 初版




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百物語 四十七の語り
鈴鳴零言

 さて、続いてきました歌のシリーズも、今回で一区切りです。

 ◆ ◇ ◆

 N森A菜が歌う、「ジプシー・クイーン」という曲がある。
 1986年のヒット曲の一つだ。
 この歌には、ある事件に関連した話がついて回っている。

 1986年4月8日・正午頃───。
 Sミュージック所属のO田Y希子が、投身自殺で亡くなった。
   :
 1986年6月18日(日時未確認)・TV「夜の○ットスタジオ」のOAにて───。
 N森A菜のバックにO田Y希子の顔が見えたという・・・。
   :
 この件、以降───。
 N森A菜が「ジプシー・クイーン」を歌うと、何らかの形でO田Y希子の霊が“現れる”らしい───という噂が広まった。

 ───噂が急速な勢いで広まったのには、それなりの理由がある。
 この曲、O田Y希子の最期とのシンクロ度合が非常に高い。
 まず───、

 「この曲のレコーディングが4月8日」───自殺した日。

 続いて「ジプシー・クイーン」の1番より───、

 「百二十五頁」───12時5分。(死亡時刻・正午頃)
 「終わった二人 〜 愛の途中で」───失恋。(当時、M岸Tと交際していたらしいという報道があったが、報道を見る限りでは、両者の意識の違いがあった模様)
 「Wine色を染める」───血で染まる地面。
 「重い空に嘆き」───自殺時の心境。
 「アスファルトのBed 〜 ため息こぼれる」───地面に投身、死亡。

 ───1番の前半だけでこんな感じである。
 失恋系の歌詞を省いたとしても、妙に状況がハマっている。
 このシンクロ度合から、たまたま“呼んでしまう”曲になってしまったのかもしれない・・・。

 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 今となっては少々古いですが、童謡などと比べると十分に新しい、現代曲にまつわるお話です。

 1986年というとまだレコード生産されている時代です。
 CDも発売を始めていますが、まだまだ黎明期と言えます。(CD発売開始は1982年。尚、1986年はレコード生産の縮小を始めた頃だそうです)
 そんなわけで、一般的にカセットテープが主流でしょうか。

 歌うと“現れる”という噂ですが、歌に混じって「声が入る」という話がほとんどだったと思います。
 また、カセットテープで「ジプシー・クイーン」を流したときも同様に、「声が入る」ことがあると言われていました。
 そんなわけで、後に収録されたベストアルバム発売時にも、何かしら噂はあったようですが、このときは話題が再燃しただけで終わったようです。

 もし、N森A菜の「ジプシー・クイーン」を持っていたら、これを機会に注意深く聞いてはいかがでしょうか。
 何かが聞こえるかもしれません・・・。

 では、これにて四十七の語り「ジプシー・クイーン」了。


四十八の語りに続く

2010/09/25 初版




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百物語 四十八の語り
鈴鳴零言

 さて、今回はある場所についてです。

 ◆ ◇ ◆

 都内に「千駄ヶ谷トンネル」というトンネルがある。
 全長は60m程度、片側2車線の計4車線のため、トンネルというにはかなり短く感じ、大きめの高架下と言うほうが合っているトンネルだ。

 このトンネル、都内ではそれなりに有名な心霊スポットの一つとなっている。
 噂をいくつか挙げてみよう───。

「夜にトンネルを通っていると、女性や子供の顔がフロントガラスに映る」
「トンネルの天井から女性の幽霊がぶら下がっている」
「車と同じ速さで走っていく女性の姿が見える」
「トンネルを通ると車の調子が悪くなる」

 また、トンネル周辺にも───、

「トンネル上の電話ボックスに、ワンピースを着た女性の幽霊が出る」
「青い(または白い)ワンピースを着た、女性の幽霊が出る」

 ───などがある。
 なお、このトンネルの直上は墓地である。
 ある意味、出ないほうが不思議なのかもしれない・・・。

 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 私は友人と、心霊スポット巡りとして、ここに行ったことがあります。
 そのとき、電話ボックスではありませんが、不思議な写真が撮れてしまっています。

 「白いワンピースを着た女性が、金網タイプのフェンスに片手を添え、金網の外を眺めている」

 ───ように見える写真です。
 一言で言うと、いわゆる「画面に怪しげな光が入ってる写真」でしょうか。
 この写真を見て、「女性の幽霊の噂」について一つ分かったことがありました。
 確かに「白いワンピース」なんですが、その人影っぽいものは「青い光」というか「青いオーラ」を纏っていました。
 ───なるほど、それで「青いワンピース」なのか、と・・・。

 あと、他の場所に行ったときだったか、記憶が混同していますが───、

 「オートマの車がエンストしかけた」
 「ギアが勝手に動きかけた」
 「換えたばかりのオイルが、かなり劣化した状態になっていた」

 ───などの経験もしています。

 では、これにて四十八の語り「千駄ヶ谷トンネル」了。


四十九の語りに続く

2010/09/27 初版




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百物語 四十九の語り
鈴鳴零言

 さて、前回の語りの場所、あの辺りには心霊スポットとは呼ばれていなくとも、ちょっとした逸話のある場所が集まっています。

 ◆ ◇ ◆

 千駄ヶ谷トンネル───。

 トンネルとトンネル周囲に、幽霊を見たと言う噂の多い場所。
 トンネル上は墓場。

 ◇ ◇ ◇

 ビ○ター青山スタジオ───。

 怪奇現象の噂が多い、レコーディングスタジオ。
 有名なものは「録音したレコードやカセットなどに、人の声・物音・赤ん坊の泣き声などが重なっていることがある」というもの。
 他には、ミキシングルームのガラス越しに「人が居ないはずなのに人影が見える」というものもある。
 また、一時期は「ほぼ確実に“何か”が音に入ってしまうため、使用を中止していた」という噂もある。

 ◇ ◇ ◇

 事故が多発する一角───。

 一見、何気ない、ただの狭い一方通行の道の角。
 そこで事故が多発しているという。
 カーブミラーが取り付けられ、その場所の前にある線路下のガードには「車がぶつかっているのを見たら、千駄ヶ谷駅まで電話を」といった旨の表示がある。

 また、この道の前には、昔、幽霊騒ぎの絶えないマンションがあったらしい。
 情報によると、四階建て二棟の建物だったそうだが、ずっと全室が空き部屋だったという話である。
 何らかの怪異が起こりすぎるために、誰も住まなくなり、取り壊すに至ったのだと考えられる。

 ◇ ◇ ◇

 元サ○ミュージック及びグループ各社が入っていたビル───。

 四十七の語りに出てきた、O田Y希子が投身自殺をした場所である。
 この場所、江戸時代に徳川家康が、邪気や悪霊を集めるために設置した鬼門の場所だと言われている話があるらしい。
 そのため、サ○ミュージック関連の不幸や不祥事(O田のマネージャーが事務所内で首吊り自殺・N島T幸の白血病による病死・S井N子の薬物使用による逮捕など)は、一種の呪いみたいなものではないか? という噂もある。

 尚、サ○ミュージックの事務所は2009年8月に左門町へ移転している。

 ◇ ◇ ◇

 於岩稲荷田宮神社───。

 「お岩稲荷」と言ったほうがわかりやすいだろうか。
 「四谷怪談」を演目する場合には、必ず御参りを───と言われている場所の一箇所である。
 “一箇所”というのは、現在、四谷の「お岩稲荷」の社は於岩稲荷田宮神社と陽運寺の二箇所にあるとのこと。

 於岩稲荷田宮神社は、明治に火災により焼失、中央区新川に移転しており───、
 新川の於岩稲荷田宮神社は戦災で焼失、戦後再建───。
 また、四谷の旧地にも再興───。

 これが四谷の「於岩稲荷田宮神社」のようである。

 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 千駄ヶ谷・四谷近辺の逸話を集めてみました。

 サ○ミュージックのビルではありませんが、方位的に鬼門、または裏鬼門というのは当たっている気がします。
 ───どこを中心に持ってくるかというのはありますが・・・。

 あなたの住んでいる場所、その近くに、怪異と隣り合わせの場所があるとします。
 そこを地図で見直すと───昔、“あるもの”があった場所の鬼門や裏鬼門だった───なんてことも・・・。

 では、これにて四十九の語り「千駄ヶ谷・四谷近辺」了。


五十の語りに続く

2010/09/28 初版




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百物語 五十の語り
鈴鳴零言

 さて、ついに百物語も半分まで来ました。折り返しです。
 今回はWebサイトでの語りだけに、こんなお話を。

 ◆ ◇ ◆

 ネット上には、いわゆる「呪いのホームページ」と呼ばれるものがある。
 それらは───、

「見ると呪われる」
「ホームページ内の、あるコンテンツを見ると呪われる」
「検索するだけで、何らかの影響がある」

 ───など、病気や怪我、果ては死まで───と、呪いの噂がつきまとっている。
 ただし、その多くは都市伝説的な“ただの噂”であり、実際には何もなかった、という事も多い。
 しかし、実際に「呪いのホームページ」というものは存在する・・・。

 ◇ ◇ ◇

 あるホームページがある───そこは不定期で現れたり、消えたりするという。
 このホームページ、どこの国か分からない文字と、イラストが表示され───そして、どんどん増殖していくという。
 それを見ると、初めは気持ち悪くなって、すぐに見ていられない状態になるが───そのうち、だんだん気持ちよくなってくる、と言われている。
 これは、映像による麻薬的な効果と、サブリミナル効果が働いているという。

 ───以降、そのホームページを中毒的に訪れるようになる。
 しかし、前述の通り、ここは不定期で現れたり、消えたりする。
 ある時───、そのホームページは消滅する。
 そして、中毒になって訪れていたものは禁断症状を起こし、心が破綻してしまうと言われている・・・。

 ◆ ◇ ◆

 ・・・という、お話。

 お話の中で“Webサイト”を“ホームページ”と呼んでいるので、時代がなんとなくわかるでしょうか。

 このサイトの呪いは心霊的なものではなく、暗示的なものと思われるため、実際に在ってもおかしくないものです。
 ただし───その効果が発生するまで、見ていられるのか?───という問題は残ります。
 しかし、それ故に「効果が有る・無い」の噂が広がるはずです。
 どんなサイトであれ───むしろ、怪しいからこそ、全部を確認しようとする人は出てくるでしょうから・・・。

 心霊的な何かが起こると言われているサイトの噂も一つ───。
 そこは、すでにサイト本体は閉鎖され、管理者も行方不明と噂されています。
 そこのサイト、ある事件により呪いがかけられ、閲覧した人全てに何らかの霊障が起こるようにされたそうです。
 サイト本体が無くなった後も、一番問題があったとされるBBSが残っていたとのこと。
 ───無論、その呪いは生きており、訪れる人を待ち受けている・・・。

 このサイト、検索エンジンで調べてみましたが・・・とりあえず見当たらなさそうです。
 ただ、噂の知名度はあるらしく、関連の検索ワードが表示されました(笑)
 ───しかし、安心するのは早いでしょう。
 検索対象は運営側でフィルターがかけられますし、また、キャッシュで残っていることも考えられます。
 いつどこで、このサイトの生き残りに出会うかは分かりません・・・。

 では、これにて五十の語り「彷徨うホームページ」了。


五十一の語りに続く

2010/09/30 初版

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