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トキめいてるじゃん! 〜入学前夜編〜 (6)
山崎かおり

 照明の光量を落とした体育館の中は大勢のスタッフ達が右往左往していた。
 ケーブルテレビや音響設備を整えているスタッフ、大道具を設置しているスタッフ、それぞれ声を掛け合いながら自分に与えられた仕事をこなしている。
 かすみが一番驚いたことは、大人のスタッフに混じって中学生と思われるスタッフ達が大勢、仕事をしているという事だった。
 舞台の上にスポットライトが照らされる。
 大道具がきちんと配置され、体育館内には音響テストの音が響き渡る。
 効果音が体育館内に反響し、かすみの体を痺れさせる。

“音はぶつかってくるんだ”

 そう感じることが出来た。

 正にリハーサルは、本番さながらの通し稽古をするという本格的なものだった。
 かすみは、城沢と共に体育館の入り口にちょっと入っただけで、その雰囲気に圧倒されてしまっていた。

「どうです?」
「すごいです! 本当に」

 ビニールテープでひとまとめにされたコード類をいくつも跨いで二人が舞台の方へ近づいて来ると、それまで大道具の設置を行っていた演劇部員の中瀬真人が駆け寄ってきた。

「部長、御神先輩はオッケーです。いつも通りの表情に戻りました。テレビ局の準備はあと数分で終わります。あ、こんにちは」
「こんにちは」

 ひとしきり現状報告した後、中瀬はかすみに気が付いて頭を下げた。

「ご苦労様、中瀬君。こちらは栗原さん。リハーサルを一緒に見たいんだけど・・・」
「すぐに用意します」

 中瀬は観客席からパイプ椅子を持ってきて、城沢が座るであろう『カントク席』と書かれたパイプ椅子の横にかすみ用の椅子を用意した。
 2つの椅子は舞台の正面に置かれ、まさに舞台監督の最終調整用といった位置にある。
 特等席だった。

 幕間から覗けるものだと思っていたかすみは、感激して礼を言おうとすると、中瀬は照れくさそうに頭を下げ、また物凄い勢いで舞台へと戻っていく。

「どうぞ、座って下さい」

 城沢が椅子に座りながらかすみに席を勧めると、横に音もなくストップウォッチとクリップボードを持った少女が現れた。

「部長、すべてクリアです」

 城沢に声をかけた少女、藤倉美和子は舞台全体を静かに見渡した。
 会場全体がざわついているものの、何かぴりぴりとした雰囲気が漂い始めているのをかすみは感じた。

“そろそろ始まるんだわ”

 かすみは城沢にやっと聞こえるくらいの小さな声で話しかけた。

「城沢先輩」
「どうしました?」
「リハーサルの間も会場設備の準備は進めるのですか?」
「そうですね。通し稽古になりますから、照明がない状態で作業を進める方々があちこちに出ると思いますよ。懐中電灯で手元を照らしながらカーテンを固定したり、コードを床に貼り付けたりするんです。もっともそれは局の方々や会場設営を任された市の職員さん達のお仕事ですが」
「リハーサルとは言え、演技している間にそれを見ないで黙々と仕事をしている人達がいるなんて御神先輩達、なんかやりづらそうですね」

 かすみが残念そうに言うと城沢は楽しそうに笑った。

「彼らが残業をするのは少し忍びないですねぇ」
「?」

 城沢の横に立っていた美和子が、眼鏡を外しながらかすみに寄って耳元で囁く。

「部長はね、彼らに仕事を続けさせる気はないの」
「え?」
「私達の演劇を横目に仕事ができる人がいないようにすること。それがこの通し稽古の目標。ムサ中演劇部の世界に引き込むのよ」

 かすみが驚いて返事もできずにいると、城沢が美和子に軽く手を振った。

「さあ、始まるわよ。あなたも不思議の国に行ってらっしゃい」

 美和子が手をあげると、それまで雑然としていた体育館内は水を打ったように静まり返り、照明が完全に消え、スポットライトが舞台中心へと集まった。

 そこには、公園で初めて見たときの不安そうな御神ではなく、りりしい顔をしたマコトが立っていた。
 役者としての自信に満ちあふれているように見えた。
 そして、どこか不安げな自信なさげな男子中学生の雰囲気を完全にまとっていた。
 御神麗香扮するマコトは、舞台の正面にかすみの姿を捉えると、涼しげな瞳でまるで初対面のような視線を投げかけた。
 その瞬間から、かすみはすでに演劇の世界に引き込まれていた。

 ナレーションの声が会場内に響きわたる。




「僕達のクラスにアリスが転校してきたのは、中学3年の1学期も終わろうとしていた6月のことでした・・・」




 リハーサルが始まると、それまで作業を行っていた誰の目も舞台に釘付けになってしまった。
 ケーブルテレビの設置を行なっていた業者らしき大人達も、会場設営を手伝っていた生徒達も、もちろん何度も舞台を覗いていたかすみも見入ってしまった。
 登場人物が悩み苦しめば、呼吸をすることを忘れて自分も苦しくなってしまうくらいで、アリス役の少女が微笑むと穏やかな気持ちになった。
 マコトやアリス、そして他の登場人物達と共に一喜一憂し、時にはもらい泣きしてしまうこともあった。
 背景セットで狭くなっているはずの舞台上は、どこまでも続く現実世界の景色へと変貌したかのようであった。




「こうしてアリスは僕達の記憶の中に素晴らしい思い出を残してくれました。彼女が再び転校するその日まで」




 ナレーションが終わり、会場全体に照明があかりを取り戻した後、会場にいたすべての人々が舞台へ拍手を送っていた。
 何人かは感涙にむせんでいた。

 皆、思い出したように作業に戻るが、その仕草がどこか芝居がかっていて面白い。

「ちょっとそこのハンマーとってくれないか?」
「ああ、かならず届けるよ。壁があれば飛び越そう!」
「どお? カメラ位置はここでいい?」
「ああ。アリスばっちりさ」

 そこかしこで、登場人物の台詞が飛び交う有様だ。

 舞台が終わって、しばらく経っても放心状態でいるかすみは、隣から遠慮がちに声をかけられた。

「栗原さん」
「あ、はい」
「どうでした、うちの舞台は?」

 城沢は満足げな顔をしている。
 隣で立っている美和子も嬉しそうにしているところを見ると、このリハーサルは成功だったのだろう。
 かすみの目にも、城沢が立てた目標は為し得たように思えた。
 幕の降りた舞台は、今見るとやはりただの舞台だ。
 無限の広がりを見せた先程とは違い、薄ぼんやりとした古い体育館の舞台になっている。

「とっても、感動しました」
「ありがとう。ははは、アリスになりたかって顔をしていますよ」
「あの・・・私、進学したら演劇部に入りたいかなって思いました」

 その消え入りそうな声を聞きながら、城沢は真剣な表情でかすみを見据えた。

「・・・そうですか。この舞台に立つ自信はありますか?」
「あの、わかりません。でも・・・。いえ、ですが、立ってみたいと思いました。なんとなくですが。なんとなくでは不真面目でしょうか」
「なんとなく、ですか。いや、その気持ちを忘れなければ大丈夫でしょう。どんなに立派な決意より、好きだということが一番大切だと思うんです」
「はい!」

 絶対に入ろう。
 かすみの決意はこの時に決まったのだった。
 もっともこの時には新しい学校生活と、演劇部の仲間との楽しいひとときばかりが頭の中を駆けめぐっていたのだが。
 例のいたずらっぽいナイショ話風のジェスチャーを交えて、城沢はかすみに耳打ちした。

「それに、みんな最初はなんとなく興味を持ったのです。演劇という不思議の国に。わかりましたか、入部希望のアリスさん?」
「はいっ。紅茶好きなマコトさん」

 2人が顔を見合わせて楽しげに笑う。

 それは会場中に伝染することとなった。
 興奮のあとに心からの笑顔。
 演劇の公演が持つ特有の緊張から解放され、ほどよくリラックスした、それでいて演目の内容に心から満足した者達が見せる笑顔は、何とも言えない穏やかな雰囲気を会場に蔓延させた。
 その光景は次の日も見られることとなった。


(7)に続く

2012/04/10 初版

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