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トキめいてるじゃん! 〜入学前夜編〜 (7)
山崎かおり

 春休み最後の日。
 いつもそうしていたように、かすみと紅葉は噴水広場のベンチに二人で腰掛けていた。

「ねぇ、かすみ。お姉ちゃんに聞いたけど、ムサ中の演劇部ってめっちゃレベル高いみたいだよ。練習だって女子バレー部並みに厳しいらしいよ。文化部なのに! 信じられる?」
「知ってるよ」
「ホントに!?」
「うん、本当だよ」
「それでも入部するの?」
「するよ」

 以前とは違い、しっかりとした口調でかすみは言った。
 かすみは前を見たままだったが、その表情は真剣だった。

「そっか、やりたい事見つけたんだ・・・」

 紅葉はそんなかすみを、少しうらやましそうに見ながら言った。

「まだわからないけどね、これが本当にやりたいことなのか。でも、やってみたいという気持ちは大切にしたいと思って」
「そっか」
「紅葉こそ、バレー部に誘われないの? お姉さんに」
「・・・うん。誘われた。でも、断っちゃった」
「やっぱり、先輩のこと・・・」

 うつむいていたが、突然、紅葉はいたずらっ子のような表情でかすみに笑顔を見せた。

「正直それもある。でも、私だって自分自身のやりたいことを見つけようって思うんだ。かすみみたいに。ムサ中に入学したらいろんな部活を見てまわって、それから決めようって思って。お姉ちゃんがとか水上さんがって事じゃなくて、私が夢中になれるものをね。だから・・・」

 二人はお互いの決意を確かめ合うようにうなずきあった。
 かすみは思いついたようにベンチから立ち上がった。

「ねぇ、これからムサ中、行ってみない?」
「今から?」
「うん」
「ちょっと本気?」
「うん、本気」
「どーせ明日から毎日通うんだよ?」
「だめ、今のこの気持ちを大切にしたいんだって。どうしても校舎が見たいのっ」

 武蔵ヶ丘中学校へと向かう桜並木の上り坂を二人の新入生が駆け上がっていった。




 藤宮鷹実は武蔵ヶ丘中学校へと向かう桜並木の上り坂から、武蔵ヶ丘の町並みを眺めていた。
 他のムサ中生徒や卒業生達、そして、多くの町の人々と同じく、彼はこの景色が好きだった。
 満開の桜が風に煽られ、ひらひらと舞い落ちてくる。
 目を細めて遠くを眺めている鷹実の後ろから、一人の少年が声をかける。
 それは、手に缶コーヒーを持った城沢 渚だった。

「どうぞ」

 そう言って、城沢は手にしていた缶コーヒーを鷹実に手渡した。
 苦味が売りのショート缶。
 しかも無糖である。
 受け取った鷹実は少し意外そうな表情をしながら、受け取るなりプルタブを開けた。

「悪いな。ん? 珍しいな、お前もコーヒーだなんて。レモンティーなかったのか?」

 城沢は照れくさそうに頭をかきながら言った。

「少し、格好をつけてみたんですよ」
「そうか」

 二人はどちらからともなく、缶コーヒーで乾杯をするとガードレールに腰掛けた。

 坂の上にはムサ中がある。
 この場所からは、武蔵ヶ丘の街並みをよく見渡すことができた。
 まだ少し冷たさを交えた春の風が、黙ってコーヒーをすする二人の間をすり抜けていく。
 その二人の後ろを、かすみと紅葉が勢いよく武蔵ヶ丘中学校へと向かって駆け上がっていった。
 鷹実は面白いものでも見つけたように、二人の姿を視線で追った。
 プレゼントをもらった子供のような表情だ。

「新入生か? 入学式は明日だよな」
「きっと、待ちきれないんですよ。お、あの子は・・・」

 鷹実につられて二人の方を見た城沢は、かすみの後ろ姿を見てニッコリと微笑んだ。

「知り合いか?」
「来期の我が部の大型新人ですよ」
「まったく毎年、大型新人が入ってくるな。インフレおこしちまうぞ」

 上り坂を駆け上がっていく二人の姿はもう見えなかったが、二人の視線の先には武蔵ヶ丘中学校の校舎が満開の桜の合間から覗いていた。
 鷹実は、おもむろにぼろぼろになってしまっているレポート用紙の束を、ズボンの後ろポケットから取り出して城沢に手渡した。

「こいつは、おれが部長になってから今まで演劇部について考えたことや思い付いたことが書き止められている。城沢、お前には必要ないだろう。今は必要ないと思うがお前の次に部長になる奴。・・・まぁ遠藤か藤倉が必要になるかもしれない。だから渡しとく」
「虎の巻ってやつですね」

 鷹実はニヤリと不敵に笑いながら言った。

「ただのおせっかいだよ」

 城沢はレポートの束を受け取ると上着の内ポケットに大切そうにしまい込んだ。

「藤宮先輩・・・」
「さーてと、部活中に呼び出しちまって悪かったな。新入部員勧誘の作戦会議とやらをやってるんだろ? 早くみんなのところに戻ってやれよ」
「部室までいらしてくれればいいのに」
「あん? 顔を出すときはOBとして堂々と乗り込んでいくよ。この俺も高校に入ればまたペーペーだからな。威張りたくなったら顔出すよ。あれだ、どうせ部室に誘うならさっきの二人に声掛けてやれよ」

 そう言うと鷹実は立ち上がって、ズボンについた埃を払い落とした。

「あ、言い忘れてた。演劇コンクール最優秀賞おめでとう。俺の原作を100%以上表現してくれたな。ありがとうな。いい演出だった。御神の奴め、俺様を超えやがって」

 ゆっくりと坂道を降りていく鷹実の背中に一礼すると、城沢は学校への道を上りはじめた。

 ここから見える景色は大きく変わることはない。
 来年になれば、また桜も咲くだろう。

“仰げば尊し、我が先輩の恩ってところかな”

「さて、そろそろ戻りましょうかねぇ」

 時は確実に流れていく。
 今回の都の演劇コンクールで最優秀賞をもらった演劇部も、御神麗香も、更なる高みを目指していかなくてはいけないのだ。
 ワンダーランドは何も世の中という大きな尺度に限ったことではない。
 ムサ中演劇部という小さな不思議の国でこれからどんなストーリーが紡がれていくのだろうか。
 そんなことを考えながら、城沢は部室へと向かった。

 入り口のドアの所で、中で何が行われているんだろうとやきもきしている少女がいる部室へ。




 一瞬の沈黙。
 暗い会場に一条の光が現れる。
 スポットライトが舞台を照らす。
 幕が上がったその時に物語は始まるのだ。
 今、武蔵ヶ丘中学校という舞台の幕が上がった。

 そして、彼女は何万光年もの距離を飛び越せる翼を広げた。


「トキめいてるじゃん! 〜入学前夜編〜」終わり

2012/05/01 初版

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